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長野県伊那谷発信の写真ブログ
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宮沢賢治の見た世界

20100910.jpg
「告別」

おまへのバスの三連音が
どんなぐあいに鳴ってゐたかを
おそらくおまへはわかってゐまい
その純朴さ希みに充ちたたのしさは
ほとんどおれを草葉のやうに顫はせた
もしもおまへがそれらの音の特性や
立派な無数の順列を
はっきり知って自由にいつでも使へるならば
おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう
泰西著名の楽人たちが
幼齢 弦や鍵器をとって
すでに一家をなしたがやうに
おまへはそのころ
この国にある皮革の鼓器と
竹でつくった管(くわん)とをとった
けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで
おまへの素質と力をもってゐるものは
町と村との一万人のなかになら
おそらく五人はあるだらう
それらのひとのどの人もまたどのひとも
五年のあひだにそれを大低無くすのだ
生活のためにけづられたり
自分でそれをなくすのだ
すべての才や力や材といふものは
ひとにとゞまるものでない
ひとさへひとにとゞまらぬ
云はなかったが、
おれは四月はもう学校に居ないのだ
恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう
そのあとでおまへのいまのちからがにぶり
きれいな音の正しい調子とその明るさを失って
ふたたび回復できないならば
おれはおまへをもう見ない
なぜならおれは
すこしぐらゐの仕事ができて
そいつに腰をかけてるやうな
そんな多数をいちばんいやにおもふのだ
もしもおまへが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき
おまへに無数の影と光の像があらはれる
おまへはそれを音にするのだ
みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ

宮沢賢治 詩集『春と修羅』第2集より


宮沢賢治の詩の中で好きな詩のひとつです。

私は学生時代、宮沢賢治の本を読み漁りました。
彼の描く世界に驚き、感動したのです。
中でもお気に入りは詩集。
今でも常に手の届くところに置いてあります。

数年前、宮沢賢治が好きな友人からある本を薦められました。
「イーハトーヴの光と影」という詩と写真で構成された本。
だいぶ昔の本らしく絶版になっていましたが、オークションで中古を購入。
白黒のフィルム独特の粒子感のある写真にそっと詩が添えられていた。
写真は、宮沢賢治の故郷岩手県の農村と自然を撮ったのもの。
素朴だけど、すごく力強い魅力がありました。

いつか宮沢賢治の詩の世界を写真で表現してみたい。
そんな夢が私にはあります。


そんなひとりごと。
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